とっぷぺーじ

since 2000.10.07.
おふぃす
ひげうさぎ WHO?
お役立ちリンク
出席簿
濫読の記
ひげうさぎの本
∇よみもの
webたまてばこ
小学生の日記教室
頭の体操
図書室
メールマガジン

∇アルバム
こどもたち
図工作品集
ひめの部屋
「湘南」
∇オアフの風
写真集&旅行記
∇ひろば
うさぎの黒板
こどもの黒板
おえかき黒板
ついったー
めーる
メールはこちら


web『たまてばこ』特集

有田和正おっかけ隊

“追究の鬼”有田和正先生の実践を追試し追究した記録



     





「追究の子鬼」はこうして育てる

節分

 2月4日、立春。その前日が節分である。

 次の文章は今年度(1993年度)担任している1年生の子が、2月1日、つまり節分の2日前に書いたものである。

 なんでせつぶんのときには豆まきをするの? きっと1年に一どおにをおいはらうために豆をまくのかなー。
 どうして豆なの? ピーナッツでもいいのにね。わたしだったら外にまいたのをとりにいって、からをわってたべられるからだよん。
 おかあさんがいってたよ。
「もともとせつぶんていうのは1年に4かいあったんだよ」
 せつぶんは「節分」だから、きせつをわけるから4かいなんだけど、春だけのこったんだって。
 4かいあったほうがいいのになー。豆がいっぱいたべられるからね。


 この文章に5つの点で注目する。
  1. 節分の2日前に書いている。
  2. 「からをわってたべられるから」豆はピーナッツでもいいではないかと、視点を変え、ユーモアを交えて書いている。
  3. 節分はもともと「1年に4かいあった」と、母に聞いたことを書いている。
  4. 「豆がいっぱいたべられるから」節分が4回あったほうがいいと、ユーモアたっぷりに落ちをつけている。
  5. もともと作文が上手だったとはいえない子が200字以上も書いている。

 これは「はてな?帳」を始めて4か月目の作品である。子どもに力がついている様子があらわれている文章だと思う。

 以下、「はてな?帳」によって子どもが変わり、学級が変わってきた様子をたどってみたい。


「はてな?帳」

 「はてな?帳」を始めたのは2学期も半ばをすぎた11月1日だった。

 それまでの生活科の授業で、
「カタツムリの『はてな?』をさがそう」
「虫の『はてな?』をさがそう」
 などのように「はてな?」を発表させたりノートに書かせたりはしていたが、それがきっかけになって追究が始まり発展していく、というようにはなっていなかった。「はてな?帳」を始めていなかったので、授業ごとに単発で終わっていたのである。

 有田実践では入学した翌日から「はてな?」を見つけて発表させ、5月の初めには「はてな?帳」に書かせている。
 しかしこのクラスでは、「おたよりノート」こそ入学して十日目から書かせていたものの、さまざまな事情があって「はてな?帳」を始めるのは8か月もたってからになってしまった。

 ところで、現在の「はてな?」帳の形式・システムは次のようになっている。

 ノートは15マス×7行の「さくぶんノート」を使っている。1冊72ページなので、毎日1ページずつ書けば2か月と少しで1冊を使いきる計算になる。
 「はてな?」を書くのは月曜日から金曜日までの週5日。書いた翌朝に提出する。中には土、日も休まず文字どおり“毎日”書きつづけている子もいる。
 提出された「はてな?帳」には簡単なコメントを赤ペンで書き、日付のゴム印を押してその日のうちに返却する。忙しくてゴム印だけのときもある。その日の都合にあわせて臨機応変に対応している。


3か月

 始めてから1か月のあいだは多くを求めない。どんなものでもいいから毎日一つずつ「はてな?」を書き、翌朝提出することだけを目標にする。

「なんでおにいちゃんはおこるのか?」
「どうしてうちはせまいのか?」

 このような「はてな?」のオンパレードだが、あせらずに待つ。長い文章を求めるのではなく、続けることを念頭におく。

 毎日の「はてな?帳」の中から、おもしろいものは抑揚をつけて読んでやり、みんなで笑う。そして大いにほめる。

 2か月もたつと2文の「はてな?」を書く子が出てくる。「どうして」の次に「こたえは〜」や「きっと〜だから」などともう1文が書けるようになるのである。
 これも大いにほめ、
「こんなことも書けるといいね」
 と励ます。励ましつづける。あとは根気との勝負。

 3か月をすぎるころ、あるいはノートが2冊目になるころ、子どもたちの文章がかわってくる。いつのまにか1ページ書けるようになったかと思うと、あれよあれよというまに2ページ、3ページと書けるようになる。劇的といえるほどの変化を見せる子もいる。

 こうなればしめたもの。追究のきっかけさえあれば、“鬼”と称してもよいほどのすばらしい「はてな?」を書く子が続々と誕生する。


きっかけ

 上に「追究のきっかけさえあれば」と書いた。具体的にどのような「きっかけ」があったのか、いや、どのように「きっかけ」をしかけていったのか、紹介する。

 3学期は1月10日に始まった。翌11日の「おたよりノート」に、さっそくこんなことを書いてみた。

 今日は「かがみびらき」でございます。いったいどんなことをするのでしょうね。

 翌日、「はてな?帳」に鏡開きのことを書いてきた子が2人いた。これを読み聞かせ、ほめた。「まねしてみましょう」とよびかけ、さらに「おたよりノート」に、
  おもちなのになぜかがみなのか?
  なぜみかんをのせるのか?
  どうしてまるいのか?
  なんだんがさねなのか?

 などと書いた。鏡開きから鏡餅へと目をむけ、新しい「はてな?」が見つけられるようさりげなくうながしたのである。

 するとまた翌日、別の何人かが「はてな?帳」に鏡餅のことを書いてきた。そのうちの一人は「なぜみかんをのせるのか」を母、祖父母の3人に聞いたがわからず、百科事典も調べたがやっぱりわからなかった、と書いてきた。

 こういう子が一人でも出てくると、まわりの子へのよい刺激になる。

「Kさんはね、みかんのことがわからなくてお母さんとおじいちゃんとおばあちゃんに尋ねたんだって。でも3人ともわからなくて、こんどは百科事典を調べたの。それでもやっぱりわからなかったんだって。
 すごいねー。3人に尋ねたうえに、百科事典まで調べたんだから」

 このようにほめながら、「はてな?」を調べる方法も指導していく。

(鏡餅にのせるのは「みかん」ではなく「だいだい」だと書いてきた子もいた)

 「鏡餅・鏡開き」調べが一段落すると、こんどは「どんど焼き」に目をむけさせた。
 すると、親に聞いたり、祖母に電話をして尋ねたり、事典で調べたりして「はてな?帳」に書いてくる子がまた出てきた。

 こうして「はてな?」を調べ、調べたことを「はてな?帳」に書く、というサイクルが生まれ、多くの子がまねするようになる。そしてブームがまきおこる。「波及効果」と呼ばれる現象が学級に生じるのである。

 その後、大寒のころには「氷づくり」の「はてな?」がブームになり、また「みのまわりの冬」をさがして「はてな?帳」に書く子もたくさん出てくるようになった。


春さがし

 2月といえば、当地でも最低気温が氷点下になるほど冷え込む日がある。この寒さの中、2月1日の「おたよりノート」に次のようなことを書き、新しい「はてな?」をしかけてみた。

 今日から如月でございます。けさもつよくひえこみましたが、春はもうすぐそこまでやってきています。目をこらしてさがしてみましょう。

 それから2週間ほどのあいだ、「寒さの中の春さがし」が大きなブームになった。ブームをもりあげるのに、ほめて紹介する、おもしろく読んで聞かせるという手だてを講じたのは言うまでもない。

 いくつも生まれた傑作「はてな?」の中から3編だけ掲載する。

 きょうはりっしゅんだね。きのう、おかあさんがりっしゅんのことを「こよみのうえで春のはじまりだよ」っていってた。
 「こよみ」ってカレンダーのことだよね。なんで春のはじめなのに「立つ春」っていうんだろう。
 さむいけど春をみつけたよ。
 ・うめがさいたよ。しゃたくの3とうにさいたよ。
 ・はっさくやいよかんがでてきて、みかんはおわるんだって。
 ・ゆうがたの5じでもあかるい。

2/4


 がっこうにいくとちゅう、うちのちかくのはたけにうめがさいていました。
 しらべてみたら、
「2月ごろ、赤や白のにおいのよいはながさき、6月ごろに青いみをつける木。みでうめぼしなどなる」
 とかいてありました。
 わたしはうめぼしがすき。

2/5


 きょう、はるさがしをしてみたよ。はるはまだだとおもっていたけど、さむくてもきれいなちいさなはながさいていたよ。
 ずかんでしらべたら、ひめおどりこそう、おおいぬのふぐり、すいせんのめがでていたよ。
 おひさまがあたるところはおはながたくさんあったよ。
 もうつくしもでているんだって。はるはいろんなところにもあるんだね。
 きょう先生にもらったくさはふきのとうで、たべれるんだって。ちょっとにがいんだって。なんか、たべてしまうのがかわいそうだね。

2/7



追究をささえるもの

 有田学級の「追究の鬼」にはまだまだおよばないが、クラスの子どもたちも「追究の子鬼」ぐらいにはなってきた。

 何がこのような子どもたちの追究を生みだし、支えているのか。これまでの実践から次の三つの条件が必要だと考えている。

 1.「はてな?帳」
 2.ネタ
 3.評価

 第一に、「はてな?帳」というモノと、毎日書いて提出するシステムが必要である。
 1学期に「カタツムリにいろいろな色のウンコをさせる」というおもしろい実験がはやり、ぜんぶで9色のウンコを採集したことがあった。しかし、「やってみる」→「書く」というシステムがなかったので、それ以上の広がりは見られなかった。
 「はてな?」と思ったら調べたり考えたりやってみたりして「はてな?帳」に書く、書いているうちに新しい「はてな?」が見つかり、また調べたり考えたりやってみたり...と、どこまでもつながっていく。そのためには「はてな?帳」というモノとシステムがどうしても必要である。

 では「はてな?帳」さえあれば子どもたちが追究を始めるかといえば、そううまくいくものではない。
 昨年度、1年間だけ担任した2年生でも「はてな?帳」を実践したが、今年度のように追究が広がるところまではいかなかった。指導の未熟さもあるだろうが、最大の原因は追究に値するネタを提示できなかったことにある。
 これはおもしろい、不思議だ、調べてみたいという気持ちを呼びおこすネタがあれば、子どもは自然に動きだす。まさに「材料7分に腕3分」である。

 昨年度は生活科初年度ということもあって、生活科の授業をどうしたらよいか模索しているうちに1年がすぎてしまった。今年度はその反省を生かし、生活科の授業と「はてな?帳」がつながるように、授業で話題になったおもしろいネタが「はてな?帳」に生かせるように、指導計画を立てたり単元を工夫したりした。

 追究を生みだす第二の条件は、日ごろの授業で追究に値するおもしろいネタを提示することであると言える。

 第三の条件は評価である。一生懸命に書いた「はてな?」が友だちに認められ先生にほめられる。これが、また「はてな?」を書こう、という意欲につながっていく。

 「はてな?」を評価するには、読み聞かせてほめる以外に学級通信に掲載するという方法もある。今年度は、1月から2月上旬にかけて発行した四十数号のうち約三分の一を「はてな?」が占めている。自分の書いた「はてな?」が活字になって通信に載り、家の人に読んでもらってほめられることがどれほど励みになることか。

 ところで、上の三つの条件とは別の観点から、「おたよりノート」と「読み聞かせ」も「追究の鬼」を育てるのになくてはならない舞台装置である。
 「おたよりノート」の詳細を紹介する余裕はないが、「4」「5」に書いたような使い方もできるし、なによりも子どもたちの書く力を育て伸ばすことができる。

 また、おもしろい文章、すばらしい追究が書かれた文章をたくさん読み聞かせることも必要である。子どもたちの脳みそに蓄積された文章が多ければ多いほど、ユニークな「はてな?」が生まれてくる。


春一番

 2月9日、春一番が吹き荒れた。

 当日、この強風のことを「おたよりノート」に書いたり教室で話題にしたりはしなかったが、翌日、多くの子が春一番のことを「はてな?帳」に書いてきた。

 その中の一つを紹介し、稿を閉じたい。

 きょうはとてもかぜがつよくて、いとこの美紀ちゃんはかぜにとばされてころんでしまいました。
 きょうのかぜは春一ばんだとニュースでいっていました。なにかとおもってじしょでしらべてみたら、
「立春後、最初にふく強い南風」
 とかいてありました。
 早く本とうの春がこないかなあ。

2/9


*初出『「追究の鬼」を育てる』(明治図書)第2号(『授業研究21』94年5月臨時増刊)



 有田和正先生が主宰される教育誌に実践記録を書かせていただいたことがある。B4版の誌面に4ページにわたり掲載されたその原稿を7回にわけておとどけした。

 有田学級の「はてな?帳」「おたよりノート」 追いつけ追いこせの挑戦記

 特集タイトルからわかるとおり、有田実践の追試報告である。学生時代から“おっかけ”をやっている有田先生の授業づくり・学級づくりにどこまでせまることができたか。経験9年目の“若い教師”による挑戦である。


web『たまてばこ』 No.361〜367 2003-05-05〜13


有田ショック

「授業でユーモアのセンスを鍛える」

 先生の講義をこの夏休みに二つ受けることができました。それらを含めて私にとって「有田ショック」ともいえることが三つもありました。


 第一で最大のショックは、有田先生の子どもにたいする「ユーモア対応の技術」ともいうべき技術を学べたことです。

 7月28日、F市で行われた県教育センター主催の社会科教育講座に出席しました。
 講座は、6年生社会「大名行列」のビデオを見ることから始まりました。
 授業の概要はさまざまな文献で承知していましたので、今回は内容を追うのとは別の観点から授業を観察しようと考え、メモをとりました。
 それは、有田先生が1時間の授業にどれだけユーモアをとりいれるか、という点です。

 子どもの発言を上手に切り返して教室に笑いがおこる、そんな場面が随所に見られます。
 別紙資料[⇒ No.369 参照]にまとめましたように「大名行列」の1時間だけで21回もの「笑い」がおきました。
(「笑い」がおきた場面はまだほかにもあると思いますが、子どもへのユーモア対応という点で数えると21回になると思います。見落としがあるかもしれませんが)

 これだけ笑いのあふれる教室にいられる子どもたちは幸せですね。きっと授業が楽しくてしかたがないでしょう。

 ところで、これだけの「ユーモア対応の技術」を私も学びたいと思います。どのようにしたら、子どもの発言にとっさにユーモアで切り返すことができるようになるのでしょうか。

 素質、といってしまえばそれまでです。
 また、有田先生は「素質」とはおっしゃらないはずです。

 たとえば、行列の絵の持ち物を指して、
「あれは何か」
 という子に、
「掃除道具です」
「お弁当箱です」
 などと言えるのは、きっと教材研究の段階で「こう言い返してやろう」と考えておられるのだと思います。

 印籠を胸ポケットに用意しておられたのも、やはり「きっと家紋の話題が出るだろう、そのときに出してやれ」と予想し、準備されたのではないでしょうか。

 そういう地道な積み重ねがあって初めて「ユーモア対応の技術」が身につくのだと思います。いかがでしょうか。

 先生の近著に『5年生に育てたい学習技能』(明治図書)があります。この本を読んでいましたら、前述のようなことを傍証する記述に出会いました。

[パイナップルの授業で、「じゃ、スイカと比べたらどうでしょう」とすぐ切り返した言葉について]
 わたしも、なかなか出なかった。最近になってようやく普段から考えていることが「ひょい」と自然に出てくるようになった。
 この経験から、普段から「こんなことをいったら、こう切り返してやろう」「こんなことばでゆさぶってみたい」などと考えておくことだ。
 他人の授業をみていても、「うん、この問いはいいな」「こんなゆさぶりも効果的だな」などと学んでいくことが大切である。(同書70ページ)


 「ユーモア対応の技術」は、やはり修業して身につけるものでした。
 授業は、
  1.普段から考えておくこと
  2.他人の授業から学ぶこと
 これに尽きるようです。

 他人の授業から学ぶという点では、有田先生の小学校の授業をもう見られないのがたいへん残念です。

 今回の講座で見たビデオは6年生でしたから、低・中学年ではどんな切り返し方をするか、なんらかの方法でたしかめたいと思います。

(ちょうど「授業のネタ研究会」で、先生の筑波大附小の最後の授業「ポスト」の2時間分のビデオを入手できました。これで2年生にたいする「ユーモア対応の技術」が学べます)


 第二のショックは、8月5日の法則化セミナー1992での講座でした。

 1週間前に教育センターで有田先生のお話を聞いていたので、こんどはどんな内容かたいへん楽しみでした。

 講座では、大学の授業(あえて「講義」とは言いませんでした)の様子が話されました。これが「ショック」でした。

 大学の授業で生活科の活動を学生にさせてしまうなんて、私の行っていた大学では考えられません。私もそういう勉強をしていたら、もう少しましな教師になっていたでしょうに。

 先生の授業を受けられる学生さんは幸せです。学生時代に有田先生の授業で鍛えられた学生さんが教師になられたら、きっとすばらしい実践をなさることでしょう。そんな方とご一緒に仕事をしてみたいものです。

 『教材開発』誌にも、9月号あたりから大学での様子が書かれているようです。ぜひもっと書いてください。学生さんが1年間でどれだけ鍛えられるものか、たのしみにしています。


 第三のショックは未来形です。

 新刊の『有田式指導案と授業のネタ』購入を申し込みました。
 5月に長女が生まれて火の車のところ、つれあいに無理を言って購入を決めました。段ボール1箱になるであろうこの著作集が届いたところで、私の第三のショックが始まります。

 夏休み残り十日間ばかりは、この著作集とビデオにどっぷりつかることになると思います。


 長々と書いてきてしまいました。
 ご多忙な先生のお時間をとることになり、申し訳ありません。

 まもなく2学期が始まります。私の課題は先生から学んだ「ユーモア対応の技術」を実践にうつし、少しでも身につけていくことです。

 先生には大学でのお仕事、実り多いときとなりますように。
 末筆になりましたが、暑い日がまだまだ続くようです。どうぞご自愛専一におすごしください。
 またどこかの講座でお目にかかれるのをたのしみにしております。

*初出『学級経営』(明治図書)1992年12月号



 有田先生は教材開発のプロである。と同時に、授業のプロ、学級づくりのプロでもある。
 担任されているクラスの授業を一度でも目にすると、開発された教材ばかりでなく、授業のおもしろさと学級の子どもたちの力にも圧倒される。

 たとえば、ユーモア。有田先生の発する一言ひとことに、子どもだけでなく参観している大人も思わず引きこまれ笑いのうずに巻きこまれてしまう。

 こんなおもしろい授業ができるようになるにはどんな教師修行をしたらよいのだろうか。子どもたちに力をつけるにはどんな活動をとりいれたらよいのだろうか。
 有田先生の本を買いあさっては読みふけり、講座を見つけては参加し、公開授業があれば出かけていって参加してきた。

 ある年の夏休み、それらの感想を私信として有田先生にお送りしたところ、『学級経営』誌に先生が連載していた「ユーモアのある教室経営」というコーナーにとりあげてくださることになった。
 誌面には「授業でユーモアのセンスを鍛える」というタイトルで掲載され、有田先生のあたたかいコメントもついていた。


web『たまてばこ』 No.368 2003-05-14-Wed


授業のユーモア

有田和正の「ユーモア対応の技術」

【6年社会「大名行列」(1990.6.14)の授業ビデオから】
  1. 大名行列の絵を黒板にはり、「今日はこれをやります。時間がないので色をぬってきました。拍手」といって、拍手をうながす。
  2. 「はてな?」を三つ以上さがすよう指示を出したあと、「見つからない人は、元気よく立ちましょう」
  3. 「頭を下げている人[土下座をしている農民のこと]はどのくらいの身分か」という子どもの「はてな?」にたいして、農民を指して、「こっちの方が高いんでしょう。頭は低いけど」
  4. 「ボンボンみたいなのは何か」という子どもの「はてな?」にたいして、「掃除道具です。途中にびわか何かなっていたら、これで取るんです」
  5. 「かごの中は何か」という子どもの「はてな?」にたいし、「だいたいかごの中にいるのは動物でしょう」
  6. 子どもが「参勤交代」と言ったところ、すぐ「何て言った? それ何?」と聞き返した。子どもが資料を読みあげたところ、「ほう、それ、大名行列じゃん」
  7. 「なぜ馬に乗った人がいるのか」という子どもの「はてな?」にたいし、「足が悪いんじゃないか」
  8. 「行列に女の人がいないのはなぜか」という子どもの「はてな?」に別の子が「女は足手まといだから」と反応し、それをうけて「このクラスは女の方が強い。男が足手まといだ」
  9. 「あの箱は何か」という子どもの「はてな?」にたいし、「これはお弁当です」
  10. 子どもが「洋服」と言ったのに口をはさみ、「ちょっと聞きます。この時代にもう洋服着てた?」
  11. 子どもが資料を読みあげたのにたいし「何に書いてあるのですか」とたずね、「ハイトップ」と答えが戻ってくると、「ははー、ハイトップを愛する人ね」
  12. 「大名同士が途中でけんかにならないか」という子どもの「はてな?」にたいして、「けんか? 君はよくやるからね」
  13. 「(大名の)人質が殺されちゃう。たとえばヒーちゃんのお父さんが人質だとしたら、幕府に逆らったらお父さんが殺されちゃう」という子どもの発言を引き取って、「ヒーちゃんはそれでもいいって...だめか」
  14. 「社会科事典」を読みあげて発言した子にたいし、「あなたは社会科事典を愛する人だね」
  15. 参勤交代について「ちょっと問題出すけど、幕府が『しなさい』といっても『いやだ』って言えばいい。君たちはいつも先生が言っても『いやだ』って言うじゃないか」
  16. 参勤交代の回数について、1年に1回か、2年に1回か、挙手させて意見の分布をたしかめようとしたところ、「『くわしい社会』に“毎年”って書いてある」という子がいた。その子にむかって「それはくわしくない!」
  17. 大名同士がぶつかったらどうするか考えさせるため、二人の子どもを前に出した。「おそれおおくも、二人とも大名です。なんとなく神々しいでしょう」
  18. 大名同士の格の違いがなぜわかるかについて、4の子どもが「(前の人が持っている)モップでわかる」と発言。それにたいして「ははー、やっぱり掃除道具だ」
  19. 大名の格が「まっすぐ見たらわかる」という子どもの発言にたいして、「まっすぐで? 山があったり川があったりしたら?」
  20. 大名の格が「家紋でわかる」という発言が出て、水戸黄門の話題になったところで、「はー、これか!」と、ワイシャツの胸ポケットから葵の紋の印籠を出す。
  21. 4、18の発言をした子が「行列の華やかさで大名の格がわかる」と発言したのにたいし、「君はモップでしょ」

*初出『学級経営』(明治図書)1992年12月号



 前号の「別紙資料」がこれ。

 ビデオを見ながら笑いがおきた場面を記録していったところ、45分のあいだに21回もみつかった。2分に一度の割合で教室に笑いがまきおこるのである。

 しかし、笑わせておしまいではない。笑いの中から授業で大切なポイント、考えさせたい課題を自然に浮かびあがらせてしまう。まさに“名人芸”である。
(爆笑しても脱線しそうで脱線せず、先生に食いついてくる子どもたちの力もたいしたものだ)


web『たまてばこ』 No.369 2003-05-14-Wed


「おたよりノート」

有田学級の秘密はここにある

 先生のご指導なさるクラスの子どもたちは、どうしていつもあれほどの文章が書けるようになるのか、長いあいだの疑問でした。ご高著を読み、授業を追試し、「はてな?帳」も追試しましたが、書けるようになる子とそうでない子の差がいっこうに縮まらず、どうしたらいいものか考えあぐねていました。

 そこで出会ったのが昨年夏の「おたよりノート」でした。これだ、と思いました。

 秘密がどこにあるのかさぐろうと、まずは著作集の実物「おたよりノート」をワープロに打ち込むことから始めてみました。
 そして2学期をむかえ、図書文化社から出ているご高著『「はてな?」で育つ子どもたち』とワープロ版「おたよりノート」をいつも手元におきながら、担任する2年生のクラスで「はてな?帳」と「おたよりノート」をとりいれて実践を始めました。
(「おたよりノート」のことをクラスでは1学期の活動の発展として「おみやげノート」と呼んでいます)

 この4か月のあいだ、ほかの何をおいても「はてな?帳」と「おみやげノート」だけは毎日しつこく続けてきました。

 その結果、もともと書くのが好きな子だけでなく、これまでの経験では差のつくばかりだった書くのが苦手な子も、2学期の終わりにはかなりの文章が書けるようになったのです。
 これはひとえに「おみやげノート」と「はてな?帳」の成果にほかなりません。

 2学期のあいだ先生の「おたよりノート」を追試してきて、子どもたちにとってこんな効果があるのだとわかりました。

 1.視写・聴写の力(=作文の基礎力)がつく。
 2.おもしろい文体が身につく。
 3.おもしろい「はてな?」の目のつけどころがわかる。
 4.発展的な活動のきっかけができる。
 5.何よりも、書くことが楽しくなる。

 先生は、『生活科授業研究』(明治図書)の2月号に「表現力も布石の連続がないと育つものではない」と書かれています。今、まさにそのとおりのことを実感しています。

 先生のご指導なさった子どもたちにはまだまだおよびませんが、わが愛すべき2年2組の子どもたちも、毎日さかんに「であーる」「ござる」「ございます」などのおもしろい文体を使って「はてな?帳」にむかい、「おみやげノート」の視写・聴写にとりくんでいます。

 4か月継続するだけでこれまでにない力がつくのですから、1年、2年とつづけていけばどれほどの成果が出るかたのしみでなりません。
(もっとも、今の子どもたちとはこの3月で別れることになってしまいますが)

 今のところ、おもしろさ=ユニークさという点では、クラスの子どもたちの書く「はてな?帳」もかなりいい線をいっていると思うのですが、まだまだ課題があります。
 大きな課題の一つは、「追究」がない、ということです。

 5年前に社会科で「ポスト」を追試したときには、「はてな?帳」は連日ポストの話題でにぎわい、さまざまな追究とその報告が書かれていました。ところが、今の「はてな?帳」にはそれがありません。

 これはおそらく私の生活科の授業が子どもたちの追究に火をつけない、はっきり言えばつまらないからだと思うのです。
 文章のおもしろさにくわえて、何かにこだわって「追究」する姿が見えてくること、これが3学期の私の課題です。つまりは、生活科の授業をどう改善するか、ということになります。むずかしいところです。

*初出『教材開発』(明治図書)1993年6月号



 有田学級の子どもたちが育つ秘密をさぐっていったところ、「おたよりノート」にゆきあたった。「はてな?帳」ほどは注目されていないが、視写や聴写の力をつけるためにも大切なとりくみである。

 そこで、前々号の私信[⇒ No.368 参照]をお送りしてすぐの2学期から、さっそく「おたよりノート」の実践にとりくんだ。

 まず、有田学級の子どもが書いた直筆の「おたよりノート」を判読してすべて活字化し、小冊子にまとめていつでも参照できるようにした。その記述や文体を参考にしながら、2年生の2学期4か月間、「おみやげノート」(このときのクラスでの呼び名)を毎日書かせてみた。

 効果抜群!
 子どもたちの書く力がぐんぐん伸びていくのが実感できた。

 その成果とお礼をおたよりしたところ、有田先生が編集長をなさっている『教材開発』誌の「ハガキ通信」のコーナーに紹介してくださることになった。本号はその文面である。


web『たまてばこ』 No.370 2003-05-15-Thu


国語辞典

2年生から「国語辞典」を使わせよう!

 本稿では、「低学年児のネタ探しの技能を育てるポイント」として、次のことを主張する。

  2年生から「国語辞典」を使わせよう!


 1987年2月12日、筑波大学附属小学校の研究会に参加した。有田和正氏の「ポスト」の授業を参観するのが第一の目的である。

 参観者の多いのにまず圧倒されたが、それ以上に驚かされたことがある。
 それは、どの子の机の上にも、「国語辞典」をはじめとする各種の辞典類が用意されていたことである。

 学習指導要領では、4年生ではじめて「辞書を利用して調べる方法を理解する」という項目が登場する。
 だが、ここは2年生の教室である。2年生が辞典類を活用できるのだろうか。

 授業の前の「朝の会」が始まった。子どもたちが順番に「はてな帳」を読んでいく。
 ある女の子が、前の日に吹いた春一番のことを書いた作文を読んだ。「春一番」ということばがわからないので国語辞典を3冊調べた、という内容で、調べたことを延々と発表していった。

 わからない言葉を調べるために3冊もの辞典にあたったこと、そのことを書いた作文の語彙が豊かなことに、たいへん驚かされた。

 ふつうなら見すごしてしまうような言葉に注意をむけ、辞典で調べて作文に書けるのは、子どもたちが「ネタ探しの技能」を身につけているからできることである。

 有田学級の子どもたちが身のまわりの事象に敏感で「ネタ探し」が上手なのは、「辞典が使える」という学習技能を身につけているからだと考えられる。


 有田氏は最近の論稿の中で、2年生に「国語辞典」を使わせることについてこう述べている。

 言葉に敏感にし、語いを豊かにし、それを確かに身につけさせるため、2年生から「国語辞典」を使わせた。2年生でも使える辞典が出ていることがわかったからである。
 [中略]
 学習指導要領では、4年生から辞典を使うようになっている。これでは遅すぎる。なぜなら、今年4年生を担任し、4月から辞典を使わせているが、とても2年生のようにはいかないからである。

(『社会科教育』1989年1月号18〜19ページ)


 この主張に賛成する。


 有田学級を参観した翌年度、2年生を担任した。子どもの実態を考慮し、3学期から「国語辞典」を使わせた。

 すると、少しずつではあるが、子どもたちが身のまわりの言葉に目をむけるようになってきた。「ネタ」を探し、作文に書いて教室に持ち込むようになったのである。

 有田学級と同じ「春一番」が話題になったときは、8人の子が辞典で調べて作文に書いてきた。
 このときは「春一番」の意味調べにとどまらず、「春何番まであるのか」という疑問が生じてさらに調べたり、春にちなんだ「立春」や「春雨」といった言葉を調べたりするなど、発展が見られた。

 また、有田氏の「ポスト」の授業を追試したときには、「書留」「投函口」「賠償」などの言葉に目をつけ、辞典で意味を調べてくる子が出てきた。これらの「ネタ」を授業でとりあげ、学習をすすめていくことができた。

 国語辞典が使えるようになった子どもたちは、漢和辞典や学習事典、さらには百科事典にまで手をのばし、いろいろな「ネタ」を見つけるようになった。

 2年生から「国語辞典」を使わせることは、子どものネタ探しの技能を育てるのに有効である。

*初出『社会科教育』(明治図書)1989年4月号



 新卒4年目の論稿。天下の『社会科教育』誌から原稿依頼がきたので、有頂天になって書いたのを思い出す。

 与えられたテーマは「低学年児のネタ探しの技能を育てるポイント」というもの。すぐに有田学級のことが思いうかんだ。
 有田学級の子どもたちにあれだけの「はてな?帳」が書ける秘密は「国語辞典」にある! 当時としては画期的な主張だと思っていた。

 いま読むと...たいしたことないなぁ。


web『たまてばこ』 No.371 2003-05-16-Fri