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web『たまてばこ』特集

ことばのしつけ

子どもたちのことばづかいがなってない!



     





ことばのしつけ

 今のクラスの子どもたちにとくに足りないと感じるもの3つ。

  その1 人の話を聞く力
  その2 あいさつのことば
  その3 食事のスピード

 本号では「その2」について日ごろ考えていることを書きます。


 ここでいう「あいさつ」とは「おはよう、さようなら」にかぎったものではありません。人間どうしが一緒に生活していくうえで必要な「つきあいのことば」という意味での「あいさつ」です。
(もちろん「おはよう、さようなら」も不足していますが)

 以下、いくつかの具体例を示します。


 落ちている鉛筆や消しゴムを拾って手渡してやったときに「ありがとう」ということばが返ってきたことは、これまでただの一度もありません。

 また、教卓のところで「これはだれのか?」とたずね、持ち主が名乗りでたときに「ありがとう」のことばがないのはもちろんのこと、自分から歩いて取りにこようとする子もただの一人もいません。

 友だちどうしで鉛筆や消しゴム、忘れたときの教科書の貸し借りをしたときに、礼を言って返すという子も見たことがありません。そればかりか、貸してもらえるのが当然という顔をして、ひったくるように消しゴムを持っていく子もいます。

 連絡帳は朝の健康観察のときに出させるようにしています。
「連絡帳など、先生に出すものはありませんか?」
 と、いちいち声をかけるようにもしています。
 そのときに出し忘れたうえに、帰るころになって教卓に無造作に連絡帳が置いてあることがあります。「遅れてすみません」でも「出し忘れてごめんなさい」でもありません。

 頼まれてジャンバースカートのリボンを結んでやったことがあります。「はい、できたよ」と言うか言わないかのうちに行ってしまいました。

 鉛筆削りを貸してくれという子に、ナイフで鉛筆を削ってやったこともあります。削りあがった鉛筆をうけとると、やはりそのまま行ってしまいました。

 汚れたシャツを洗ってやったこともありましたが、ウンでもスンでもありません。

 怪我の手当てをしたときも、ぐあいが悪いときの世話をしたときも、「ありがとう」のひとことを聞いたことはついぞありません。

 授業中にいたずらしていたオモチャを取りあげて手元に置いておいたところ、いつのまにか勝手に持っていってしまいました。「ごめんなさい」の「ご」の字もなしにです。

 書いていけば『はてなつうしん』の3号や4号はたっぷり使ってしまうほどの具体例が思い浮かびます。
 いったいどこに原因があるのでしょうか。


 ところで、保護者のみなさんにおたずねします。
 お子さんに「ありがとう」と言ったことがありますか? 「ごめんなさい」と言ったことがありますか?


子どもは親のしたいようにはならないが、親のするようにはなる。


 昔の人はうまいことを言ったものです。

*初出『はてなつうしん』(1992年度2年2組学級通信)No.075-1992-07-10


web『たまてばこ』 No.452 2003-09-06-Sat


続・ことばのしつけ

 前号に書いたようなことを、今日の道徳の時間にかみくだいて子どもたちに話しました。

 話の中で、「おうちの人にふだん『ありがとう』『ごめんなさい』などと言われているか」尋ねてみました。 「言われている」 と手をあげた子はゼロでした(恥ずかしくて手をあげない子がいるかもしれませんが)。

 おつかいを頼んでやってくれたときの「ありがとう」は当然あるにしても、箸をそろえたときに「ありがとう」、学校からのプリントを出したときに「ありがとう」、とおりすがりに体が触れたときに「ごめんなさい」、電話を受けたときに「ありがとう」というような、ちょっとしたときの「ありがとう」「ごめんなさい」はどうも言われていないようです。

 「ありがとう」ということばは、かしこまってしまうと気恥ずかしくて言いにくいと思います。「ありがとうございます」になるとかなり無理があるでしょう。
 また、目上から目下(いやなことばですが)への「ありがとう」となると、これはもう清水の舞台から飛び降りるほどの(比喩が古い!)決心がいります。

 でも、日常的に(1日に何十回となく)「ありがとう」と言っていると、そのうちに慣れてきます。相手が目上であろうと目下であろうと、人に「ありがとう」と言うのが苦にならなくなります。ことばの習慣とはそういうものです。
じっさいのところ、皆さんのご家庭ではどうしていますか。


 英語には、“Thank you”“Welcome”“Excuse me”といったあいさつのことばが豊富にあり、日常的に使われているようです。そういうことばを親が小さい子どもにも厳しくしつけているという話も聞きます。

 ぼくは欧米崇拝主義者ではありませんが、ことばのしつけに関しては日本の家庭も見習った方がいいと考えています。
 そういえば、バスを降りるときやスーパーのレジをとおるときに「ありがとう」と言う習慣も日本にはありませんね。大きな声で言うとへんな顔で見られたり、言われた相手が面食らってしまったりします。

 どんなときにもさりげなく、呼吸をするように「ありがとう」が言えるようになりたいものです。


 子どもたちにこの話をしたのは1校時でした。それから下校までのあいだに、「ありがとう」が足りないなぁと感じる場面がやはりいくつも見られました。

 鉛筆・消しゴムの落とし物のときはもちろん、通り道をあけたとき、ミニトマトの植えかえをしたとき、食器の片づけを手伝ったとき、枝豆をくばったとき....、「ありがとう」のひとことはついぞ聞こえませんでした。

 1度や2度お説教しても子どもは変わらないと思います。その場その場で「ありがとう」と言わせ、慣れさせていくしかないようですね。
(これは 「強要」 でなく 「しつけ」 だと考えています)


 国語の時間、全員のノートに「しんにょう」を書いてあげました。そのときも、はじめの子からからずっと「ありがとう」はありませんでした。
(だれが「ありがとう」と言うか調べるためにしたことではありません、念のため)

 ところが、29人めのUくんが「サンキュー」と言ってくれたのです。小さめの声でしたが、たしかに聞こえました。
 この時間、なんだか心がとてもあったかくなりました。

*初出『はてな通信』(1992年度2年2組学級通信)No.076-1992-07-11


web『たまてばこ』 No.453 2003-09-07-Sun